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2008-09-13 Sat 01:49
ある美術館の、
ある写真展の、 ある写真の前で 睨みつけるように写真と相対しながら僕は考える。 その写真が そのカメラが その視点が吐き出すものを 貪欲に吸収しようと凝視する。 それは一瞬の至福でありながら 永劫の幸福なのだ。 写真と、一緒に。 8月30日、Niconサロンポートフォーリオレビューに参加しにいった。 今回の講師は土田ヒロミ氏。 予想を上回る参加者の多さに、僕が着いたときには受付は締め切り、参加を断られてしまった。 手持ちぶさたに作品を置き、土田氏の言葉をメモに書き付ける。 一枚の写真が、作品としての群体が、目の前を流れていく。 空間展示を目的に創り上げられたモノたち。 一枚一枚の命と相対しながら、熱い言葉が交わされ、熱気に当てられた。 流されるようにぼんやりした頭でそれでも書き付けずにはおられない言葉があった。 「一枚の写真を見てなにが変わるか」 社会が変わるか。 人間が変わるか。 心が変わるのか。 変えられるのか。 そんなことを考えながら、併設のギャラリーに足を踏み入れた。 併設のギャラリーではJuna21受賞のシュテファン・ラプケ氏による 「PANORAMIX」が展示されていた。 ラプケ氏はドイツ出身のデザイナーにしてフォトグラファーで、 今回が五度目の訪日になるという。 ギャラリーに足を踏み入れ、その展示の多様さに驚く。 APSコンパクトカメラ、デジタルコンパクトカメラと機材を問わず撮影された素材を元にマッキントッシュとフォトショップでパノラマに加工する。 それが彼の作風だ。 横に、縦に長い長い作品は私たちが普段世界に感じる調和を見事に壊してくれる。 リスボンの黄色い砂浜。 山形の雪景色。 住宅地の子供たち。 列車のコパートメントの一室。 落書きだらけのトイレ。 銀座の交差点。 どれも僕らの日常のはずが、彼の視点は彼岸を越え、非日常に誘う。 僕たちの当たり前の、当たり前のはずの、当たり前だった日常は 彼の視点とカメラという名の手法で彼岸に押し流される。 デザイナーだったラプケ氏はスイスのパノラマ写真の賞を受賞し、 パノラマ撮影用カメラを手に入れた。 だが、初期のAPSカメラの作品やパノラマではないが、今回の展示のためにヘルシンキから成田に移動する機内で制作した作品のように彼はなにも選ばない。左右されたい。 その画面から伝わってくるのは「こんな作品を創ったら楽しいんじゃないかな?」という子供のような無邪気な好奇心だけだ。 「僕たちの生きている世界ってどんなの?」 そんな観ているこちらまで楽しくなってくるような彼自身の好奇心と、デザイナー時代に培われたであろう芯のある技術が彼の写真をはっきりと作品に押し上げている。 好奇心。あるいは疑問と言い換えてもいい。 僕らが「生きていくために」という言い訳のために捨ててきた、なにか。 その純粋な喜びに満ちた疑問が写真から伝わってくる。 芸術が絶え間なく生き残るための意味が「常識と日常の破壊」なのだとしたら、あの写真を惚けたように見つめたほんの数秒と永遠の一秒に、私は幻惑され、翻弄され、誘惑されたのかもしれない。 「あなたはどこに生きたいの?」 写真はいまもそう、問いかける。 脳裏に、心に、残るあの写真たちがそう、私に囁きかける。 僕は次を考える。 次を次を考える。 そしてときおり、「撮らせてもらってもいい?」と拙く伝えた僕の言葉に快諾してくれたラプケ氏の笑顔を思い出す。 写真と、一緒に。 ![]() |
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